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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)5282号 判決

原告

石田信一

ほか一名

被告

丸の内運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、二三九八万五四一六円及び内二一九八万五四一六円に対する昭和五九年一二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らのその余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、主文第一項につき仮にこれを執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、三三三八万七九三〇円及び内三〇三五万二六六五円に対する昭和五九年一二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

被告小口研治(以下「被告小口」という。)運転の大型特殊貨物自動車(いわゆるセミトレーラー、車両番号群一一い六八一〇・群一二こ四二八、以下「加害車」という。)が昭和五九年一二月九日午前三時四三分ころ、東京都府中市本宿町二丁目二〇番先交差点(以下「本件交差点」という。)を右折進行中、折から青色信号に従つて対向車線を直進してきた訴外石田直也(以下「直也」という。)運転の足踏み式自転車(以下「被害車」という。)に衝突し、これにより同人が頭蓋骨々折の傷害を負い、間もなく死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  被告らの責任原因

(一) 被告丸の内運輸株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告らが本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告小口は、前記右折進行に際し、前方を注視して対向車両の有無及びこれに対する安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠つたばかりか、徐行義務にも違反して、漫然と右折進行した過失により本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条により、原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

原告らは、それぞれ、以下の内訳に従い、被告ら各自に対し、三三三八万七九三〇円の損害賠償請求権を有する。

(一) 直也の逸失利益の相続 各二一九〇万二六六五円

(1) 直也は、昭和三七年一二月四日生れで、本件事故による死亡当時満二二歳の健康な男子であり、大学三年に在学していたのであるから、本件事故に遭遇しなければ、大学卒業時の満二三歳から同六七歳までの四四年間稼働可能であつたものであり、この間の得べかりし利益を本件事故により奪われたものである。

そこで、右逸失利益を算定すると、直也の年収を賃金センサス昭和五八年第一巻第一表の産業計・企業規模計・男子労働者・大卒計全年齢平均給与額による年収四七二万三九〇〇円に昭和六〇年までの賃金上昇率を考慮して一・一〇二五を乗じた金額(1.05×1.05)とし、生活費控除率を五〇パーセントとし、中間利息控除につきライプニツツ方式に従い同係数一六・八二二(17.774-0.952)を乗じることとして、次の算式に示すとおり、四三八〇万五三三〇円となる。

472万3900円×1.1025×(1-0.5)×16.822=4380万5330円

(2) 原告らは、直也の両親であり、法定相続分に従い右直也の逸失利益相当の損害賠償請求権を二分の一づつ、すなわち二一九〇万二六六五円づつ相続により取得した。

(二) 慰藉料 各八〇〇万円

直也は、原告らの長男であり、本件事故当時一橋大学に通学するまじめな学生であつた。また、同人は、父である原告石田信一(以下「原告信一」という。)の単身赴任期間が長かつたこともあつて、実質的には一家の支柱となつていたものである。

原告らにとつて、かかる直也は心の支えであり、同人に期待するところは極めて大なるものがあり、本件事故により突如同人を喪つた原告らの精神的苦痛を金銭で慰藉するとすれば、原告ら各自につき八〇〇万円を下ることはない。

(三) 葬儀費用 各四五万円

原告らは、直也の葬儀として最大なものを執り行つたが、本件事故と相当因果関係を有する損害としての原告らの右費用負担額は、各自につき四五万円とするのが相当である。

(四) 弁護士費用 各三〇三万五二六五円

原告らは、本訴提起を原告ら訴訟代理人に依頼し、相当の報酬を支払うことを約束したところ、本件事故と相当因果関係を有する右弁護士費用相当損害額は、前記(一)ないし(三)の原告ら各自の請求額合計三〇三五万二六六五円の一割に当たる三〇三万五二六五円とするのが相当である。

4  よつて、原告らは、それぞれ、被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償金三三三八万七九三〇円及び内弁護士費用相当損害金を除く三〇三五万二六六五円に対する本件事故の日である昭和五九年一二月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)、(二)の被告らの賠償責任は認める。ただし、(二)のうち被告小口の徐行義務違反の点は争う。右折車の運転者は、対向車を発見し若しくはその存在を予測し得るときを除き、本件のように交通の閑散としている場合には、一時停止、徐行を怠つたからといつて特段の非難を受ける筋合いのものではない。

3  同3の事実は不知。

4  同4の主張は争う。

5  被告らの主張(過失相殺)

本件事故は、冬期の未明(一二月九日午前三時四三分ころ)に、交通量の極めて少ない甲州街道上の交差点で発生した右折中の加害車と直進の被害車との衝突事故である。

事故の態様は、ドロツプ式ハンドルの一五段変速サイクリング自転車に乗つた直也が、黒つぽい服装で無燈火の上、前かがみの姿勢のまま前方を見ることなく、時速約三〇キロメートルというかなりの高速で本件交差点に差しかかり、加害車との衝突回避措置を採ることもなくそのまま直進したため、折から時速約四〇キロメートル前後の速度で右折にかかつていた被告小口運転の加害車の左側面に衝突したというものである。

被告らは、被告小口が右折車の運転者として、前方の注視を欠き直進車たる被害車の走行を妨げた過失を有することを否定するものではない。しかしながら、本件事故発生時ころは未明の真暗な時間帯であり、街路燈があつたとはいえ被害車の視認が十分可能な明るさではなかつたし、そもそも本件事故当時の季節、時間帯に徴し、何人もかかる場所を自転車が通行しているなどおよそ予測し得ないのであるから、直進車優先とはいえ、直也としても自車の走行を被告小口に気付かせるよう適切な措置を採り、また、前方を注視して本件のような事故発生を回避すべき義務を負つていたことは明らかであつたのに、前記のとおり、殊さら視野にとまりにくい状態で接近し、しかも前方を見ていなかつたのであるから、直也の過失は極めて重大である。右折路の幅員が本件道路より大幅に広く(二八メートルに対し一六メートル)、かつ、右折角度もゆるやか(約六〇度で、更に隅切りが設けてある。)であるという道路状況を合わせ考慮すると、被告小口が四〇キロメートル前後の速度で右折走行したことはさしたる非難に値せず、前方不注視ないし直也に気付かなかつたことにも無理からぬところがあるというべきであり、本件事故発生に寄与した被告小口と直也の過失割合は同等か、そうでなくても直也の過失は少なくとも三割以上とみるのが相当である。

原告らは、事故の当事者が自転車対大型特殊貨物自動車であることから、弱者保護の理念を掲げて直也の過失は微小である旨強調するが、前述の本件事故発生の経緯、事故の態様に加えて直也が大学のサイクリング部のリーダーたるべき地位にあり、サイクリング経験も豊かで、道路上における自転車走行の危険性を十分認識した熟達者であつたことを思うと、被告らの前記過失相殺の主張が決して弱者保護の理念にもとるものでないことは明らかというべきである。

三  過失相殺の主張に対する原告らの反論

原告らは、被告らの過失相殺の主張を全面的に争う。以下に述べるとおり、本件事故は専ら被告小口の交差点内の徐行義務違反及び前方不注視の過失によつて惹起されたのであり、直也には何らの落度もないのであるから、本件に過失相殺の法理を適用する余地はない。

1  本件事故は、信号機による交通整理の行われている交差点で双方青色信号で進行中の直進の足踏み式自転車と右折自動車(大型特殊貨物自動車)とが衝突した事故であるところ、通常の軽過失を前提にしたかかる場合の双方の過失割合は、自転車二割、自動車八割とするのが基本である(東京三弁護士会交通事故処理委員会編昭和六一年度版民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準(以下「算定基準」という。)四一頁参照)。これは、基本思想として弱者保護(優者危険負担の原則)という公平の見地に根差している。本件についても、右の基本割合を重視して検討が加えられなければならない。

2  そこで、本件に即して双方の過失を具体的に検討するに、まず、被告らが直也の過失を構成する要素として掲げる諸点のうち、黒つぽい服装であつたこと、自転車の装備形態及び直也がサイクリング部のリーダーであつたことは、いかなる法規にも抵触するものではないから、過失相殺の事由とはなり得ないものである。

次に、前方不注視をいう点は、直也は衝突前に加害車に気付き、右方に回避しようとしたが、加害車が余りに急激かつ高速度で右折してきたために避けきれずに本件事故に至つたというのが実際であるから、直ちに直也に前方不注視の過失を認めることはできないというべきである。なお、右の点に関連して付言しておくと、直也が交差点に進入した時点で、加害車が右折を完了し又はそれた近い状態にあつたものでないことも警察の捜査結果から明らかである。

最後に無燈火の点をみるに、仮にこれが事実であつたとしても、本件事故時刻ころの本件道路の明るさ、見通しの具合いは、証拠上八〇メートル先の自転車の走行を発見し得る程度のものであり、これに双方の速度すなわち加害車の時速四〇キロメートル、被害車の時速二〇キロメートル(これは証拠上明らかである。)を加えて計算すると、被告小口は衝突地点の手前五三メートルの地点に至つたとき、衝突地点の先二七メートルのところに対向してくる被害車を視認し得たはずであり、その後両者は互いに接近し、その上直也は本件道路左端を走行し、右視程に入つた直後(一秒ほどの後で、双方間の距離約六〇メートル)に街路燈の直下を通過して行つたのであるから、同被告は刻々と、より明瞭に被害車の接近を認め得たのである。したがつて、被告小口が通常の注意力をもつて前方を注視していれば、無燈火であつたとしても被害車を事前に発見し、本件事故を回避する措置を採ることが十分可能であつたことが明らかであるから、無燈火の点も本件事故発生との関係では過失とはならないというべきである。

右のとおり、直也には、被告らの指摘するいずれの点を検討してみても、前記の基本過失割合に加算すべき落度は見い出し難い上、前記弱者保護の理念に照らすと、かえつて、以上の検討段階で基本過失割合は被害車一、加害車九と修正されるべきであり、その上で更に、被告小口に加算されるべき過失要因がないかどうかの検討を加えるべきである。

3  右のとおり、直也にはこれという落度がないのに対し、加害車の被告小口には、交差点内の徐行義務違反と前方注視義務違反とが認められ、右注意義務のいずれかが遵守されていれば本件事故発生に至らなかつたことが明らかであり、同被告の右過失が重大である。加えて、加害車は全長一七・七二メートルにも及ぶ大型特殊貨物自動車であるのに対し、被害車は足踏み式自転車であり歩行者と同等に保護されるべきものであつて、正に弱者保護の原則が適用されるべき関係にあることを考慮すると、被告小口の過失には相当の加算要素があるというべく、結局、本件事故については、同被告の過失が一〇〇パーセント寄与し、直也には過失は全くないと評価されるべきである。

第三証拠

証拠関係、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(責任原因)については、被告会社が自賠法三条により、同小口が民法七〇九条によりそれぞれ本件事故発生につき損害賠償責任を負うことは被告らの自認するところである。

したがつて、被告らは、各自本件事故により生じた後記認定の損害を賠償すべき責任がある。

三  そこで損害について判断する。

1  逸失利益(相続)分 各二〇五八万一七七〇円

原本の存在と成立に争いのない甲三号証の二一及び原告石田信一、同石田敬子の各本人尋問の結果によれば、直也は本件事故による死亡当時満二二歳で一橋大学経済学部(三年)に在学する健康な独身男子であつたことが認められるから、同人は本件事故に遭遇しなければ大学卒業後満二三歳から同六七歳までの四四年間にわたり稼働可能であり、その間少なくとも大学卒業者の平均程度の収入を得られたものと推認するのが妥当というべきでところ、同人は本件事故により右程度の逸失利益相当の損害を被つたものというべきである。

そこで、右損害額を算定するに、右認定の諸事由を踏まえ、その基礎となる年収を昭和五九年賃金センサス産業計・企業規模計・男子大卒計の全年齢平均給与額に基づき四八九万四一〇〇円とし、生活費控除率を五〇パーセント、中間利息控除につきライプニツツ方式(同係数一六・八二一七)を各採用し、次の算定式のとおり、四一一六万三五四〇円(一円未満切捨て)と認めるのが相当である。

489万4100円×(1-0.5)×(17.774-0.9523)=4116万3540円

そして、前掲各証拠により、原告らは直也の両親であることが認められるので、右直也の逸失利益相当損害賠償請求権を各二分の一ずつの割合で相続したことが推認され、原告らが各々相続により取得した右金額は、各自につき二〇五八万一七七〇円となる。

2  慰藉料 各六五〇万円

前記認定事実及び前掲各証拠により認められる本件事故の態様のほか、原告らと直也(長男)の身分関係、同人が死亡当時一橋大学に在学する将来性豊かな学生であつたこと、同人が原告らの家庭あつて精神的に父親代りのような存在であつたこと、直也に対する原告らの期待その他本件に現れた一切の事情をしんしやくして判断すると、本件直也の死亡による原告らの精神的苦痛を慰藉するには、原告ら各自につき六五〇万円をもつてするのが相当である。

3  葬儀費用 各四〇万円

弁論の全趣旨により、原告らが直也の死亡に伴い、同人の葬儀を執り行い、相当費用の支出を余儀なくされたことが推認されるところ、本件事故と相当因果関係のある右葬儀費用相当の損害は、原告ら各自につき四〇万円と認めるのが相当である。

4  過失相殺

前記認定事実及び前掲各証拠に加え、いずれも原本の存在と成立に争いのない甲三号証の一ないし三、七ないし二一、二九、三〇、三六、成立に争いのない乙一ないし三号証、証人赤羽克友の証言及び弁論の全趣旨を総合して検討すると、

(一)  まず、本件事故の発生した本件交差点及びその付近の道路状況をみるに、本件交差点は甲州街道(国道二〇号線)に都道府中町田線(以下「交差道路」ということがある。)がT字型に交差する三差路交差点であり、車道幅員は前者が一三メートル、後者が二二メートルと右交差道路の方が広く、また、両道は、甲州街道が本件交差点を起点に新宿方面(甲州街道)と関戸橋方面(府中野田線)に向かつてゆるやかに分岐しているような印象を与える交差状況(ちなみに交差角度が新宿方面に向つて約六〇度程度)である。

また、本件交差点をはさむ甲州街道上の見通しは、加害車、被害車いずれの進路方向からも良好な状況にある。

ただし、本件事故当時の右道路の明るさは、本件交差点内は街路燈などによりかなりの明るさが保たれていたが、これに至る道路上は、街路燈があるものの、午前三時四〇分ころという時間帯であることもあつて、建物の照明も乏しく、他に車両の通行もなかつたため、街路燈付近を除き暗い状況であつた。

(二)  次に、事故の態様をみるに、加害車は、牽引車部分(車長五・七三メートル)と被牽引車部分(同一一・九九メートル)とが連結された大型特殊貨物自動車(連結状態での全長は一六・三七五メートル)であるところ、立川方面から時速約五五キロメートル前後で本件交差点に接近し、減速をしてなお時速四〇キロメートル以上の速度で前記交差道路へ向けて右折進行し、おおむね交差道路への進入態勢に入つた状態(牽引車部分が右交差道路に進入しかかつている状態)のとき、甲州街道を新宿方面から立川方面へ向けて時速約二〇キロメートル前後の速度で道路左端寄りを進行していていた直也運転の被害車が、直前に至つて右に回避しようとしたものの間に合わず、加害車の左側面(車両前部先端から約五・三メートルの箇所)に、加害車の長軸に対して約七〇度の角度、直立の態勢で衝突した後、更に加害車の前進移動により、乗車したまま(足をペダルに結束していたため降車はできない。)の直也が右最初の衝突箇所から更に約四・三メートル後方の加害車体左側端に取り付けられている支柱に前額部等を強打し(右支柱に直也の肉片が付着している。)、前額部の割切創、頭蓋骨骨折等の致命傷を負つた。

(三)  被告小口は、本件交差点を右折するに際し、対面信号が青色であることを確認し、右折の合図をしたものの、対向車線前方(直進車等の有無)の安全を確認せず、かつ時速約四〇キロメートルを超える速度で交差点に進入しており、また、被害車との衝突には全く気付くことなく通過し、衝突後約一・五キロメートル走行した地点で追跡してきたパトロールカーの警察官に告げられてはじめて本件事故の発生を知つた。

(四)  他方、直也は、一橋大学のサイクリング部に所属し、普段から自転車に親しむなどして自転車走行については相当の熟達者であつたところ、本件事故当日は、丹沢でのサイクリング部の活動に参加するため、午前三時過ぎころ原告ら宅を出発し、立川方面に向けて走行中に本件事故に遭遇したものである。ところで、本件交差点に接近、進入するに際し、直也は、前照燈を点燈しておらず、また、黒色のジヤンパー、紺色のトレーナー用ズボンを着用し、茶色の毛糸帽子をかぶつており、全体に黒つぽい装いで、両足をそれぞれのペダルに競輪選手のように結束し、ドロツプ式ハンドルのせいもあつて、背を丸めるような姿勢で走行していた。

以上の各事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右に認定したところによれば、本件事故は、被告小口が対向車両に対する安全確認義務を怠つたために、折から本件交差点に直進接近中の被害者に全く気付かず、対向車両はないものとして漫然時速四〇キロメートルを超える速度で右折進行し(なお、加害車が右折しながら加速したことの経験則上十分推認し得るところである。)、対面接近してきていた被害者の眼前を遮り通過したため発生したものであることが推認され、交差点右折に際しての基本的な注意義務(本件では、前方対向車線の安全確認義務違反の点が過失の中心となる。)を履行しなかつた同被告の過失は重大なものといわなければならない。

しかしながら、他方、直也においても、不慮の事故発生を防止すべき一般的注意義務を負つているものである上、本件事故発生の場所、季節、時間帯、交通量等に照らすと、被告小口ならずとも自動車の運転者は被害車のごとき自転車の走行を予想していないのが一般であり、また、道路上は全体に暗く、自転車の走行を視認するのに困難を伴う状態であつたとうかがわれるのであるから、他の走行車両に自己の走行を視認しやすいような措置を採るべき義務を有することはいうまでもないところである。殊に、サイクリング部に属し、本件のような道路走行の危険及びこれに対して採るべき措置を十分に承知しているはずの同人については、右の点はより一層明白というべきである。しかるに、同人は、これに反し、黒つぽい装いで、前照燈も点燈しないまま走行していたのであるから(同人が前照燈を点燈して走行していれば、被告小口においても、前方路上に揺れながら接近する右前照燈の鮮明な明かりを視認し、容易に被害車の走行を認識し得たものと推認される。)、同人にも本件事故発生につき責任の一端があることは明らかというべきである。また、前記認定事実から、直也が本件交差点侵入に際し、前方注視が必ずしも十分ではなかつたとうかがわれることなどを合わせ考慮すると、結局、本件事故による損害算定につき、直也に二割の過失を認めるのが相当である。

すると、原告らが本件事故に関して請求し得る損害額は、各自につき二一九八万五四一六円となる。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨により、原告らが本訴の提起、追行を原告ら代理人に依頼し、相当の報酬を支払う約束をしたことが認められるところ、本件事案の難易度、訴訟追行の経過その他諸般の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は、原告ら各自につき二〇〇万円と認めるのが相当である。

6  損害総計 各二三九八万五四一六円

よつて、原告らが本件事故による直也の死亡に関し、被告ら各自に対して有する損害額は、前記1ないし5の合計二三九八万五四一六円となる。

四  以上のとおり、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、それぞれ二三九八万五四一六円及び内二一九八万五四一六円に対する本件事故(不法行為)の日である昭和五九年一二月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でいずれも理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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